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レッド・ツェッペリンに関して

2010年11月21日 03:32

既に語りつくされている事柄、既に何らかのコンセンサスが
取られている事柄というのは、逆に素人の自由な解釈が許される
事柄なのではないかと思う。
議論の素地がしっかりとしている分、それら素地を構成する
ファクターをいじくりまわしてみる価値があると思う。

そんな、思いつきの観点の俎上にレッド・ツェッペリンあげてみる。

ツェッペリンを一言で言うとなんだろうか。
思いつくのは、「最強」だ。最高のギタリストと最高のボーカリスト、
最高のベーシスト、最高のドラムが最高の曲を演奏している。
つまりは「最強」なわけだ。
と、書くと様々異論が出てきそうな感じもするが、これはもう
ツェッペリンに関して書いたり、話したりする上では前提にすべきだと
思う。
(ここで、いやいやジミヘンのほうが、スティーヴ・ウィンウッドが、
ビートルズの曲がといった各論に入ると、いつまでたっても本題には
入れないだろう)
皆さん色んな思い入れがあるのは分かりますが、ここはもうオトナになり
ましょうということでOKですね。

で、議論の前提をツェッペリン=最強とした上で、なぜ彼らが最強であるのか
考察というか勝手な解釈をしてみる。

ツェッペリンを構成する四人のメンバーそれらが最高である
ということに関し、それはいくつかの意味を内包しているが、
大くくりにすると下記の二つになると思う。
ひとつは、プレイヤーとしてのテクニカルな点である。
各人が類稀なる演奏能力を擁しており、それが最高の曲を演奏する
上での素地となっている。
(と、書くといやいやペイジのネブワースでの演奏は酷いもの
じゃないか!とかとか色々言われそうだが無視)

ふたつめは、技術に囚われないクリエイターとしての発想力の強さだ。
ペイジのコンポーザーとしての技量、実験的な音作りの発想。
ジョンジーの「ビート」に関する独自解釈。。。
(その解釈から生み出されるグルーヴはThem Crooked Vulturesでも健在)

それら、確かな技術力とそれに裏打ちされた発想力は、何をもたらしたか。
彼らを転がし続けることになった。
あふれ出す発想、実験精神は、彼ら自身をひとつのところに留めることなく、
あらゆる領域へひきまわすことになったのだと思う。
(技術力の高さがそれを可能にもしていたのだろう。)
その結果、範疇が広くそれでいて、研ぎ澄まされていくにしたがい
彼らの楽曲は最強となっていったのではないか。

素材は限りなく多い方が、料理人の腕前・発想力は限りなく高い方が、
そこから生まれる料理が最高になる蓋然性は高まるのだと思う。
(1stから4thにかけて聴き直しをすると、彼らが色々な要素を取り入れ、
咀嚼していくのが分かる。4thでこれまでのルートの一旦の完成をさせ、
それ以降、別路線へ進んでいくことになる)

結果、後世の幾人かの人に「既にロックミュージックはツェッペリンによって
果実を全て喰い尽くされている」といわせしめることとなったのだろう。
つまりは最強だと。

(この手の話題はこの各論が多岐にわたっており、収集つかなんじゃないかな。
感情的な思い入れがあるし、定義も難しい領域だから。
もう、むりやり結論づけていかないと)

と、アラユル議論の枝をそぎ落として、非常に単純化して考えてみたが、
整理して記載をすると、
 A、実力がある
 B、発想力がある
 C、A×Bによって、その域内を極限まで網羅する
 D、全てを把握した上で咀嚼する
 E、Dの結果最強のものができる
ということであろうか。

(前段でコンセンサスが取られている事柄~と書きながら、書いているうちに
全然とられていないことに気づきました・・・。ケンシロウとゴクウどっちが強い
みたいな議論であると・・・)

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