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仮面山荘殺人事件

2011年05月08日 11:37

仮面山荘殺人事件 (講談社文庫)仮面山荘殺人事件 (講談社文庫)
(1995/03/07)
東野 圭吾

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同時に、二つの出来事が起こる。
その二つの出来事は一見不可視の関連を持ち、
その点を考慮すればひとつのアクションが
その双方に影響を与えることもありうる。

そして、そこから逆説的に見えてくることは、
一見偶然として同時発生をした事象は、実は何らかの
必然性、表裏の因果を持って発生をしているということだ。

同時発生をした事柄のシークエンスと性質、関連性の
分類・解析(=分析)を行うことでひとつの解決策に
たどり着くこともあるだろう。

出来事は、何らかの関連性、ストーリーを持って進行、
発現されていく。

(抽象的だな・・・)

θは遊んでくれたよ

2010年11月27日 23:52

θは遊んでくれたよ ANOTHER PLAYMATE θ (講談社文庫)θは遊んでくれたよ ANOTHER PLAYMATE θ (講談社文庫)
(2008/03/14)
森 博嗣

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本は文章として立体的に具現化させた人物の回路をとおし、
思想、着想、論理を追跡し仮想体験することの
できるメディアである。

よって、特定の作家に没頭すると、その作家の思考の癖
がひとつの思考の型として伝染することがままある。
いうなれば、他人の頭を自らの思考のひとつのメソッドとして
自分の頭にストックするということだ。

森博嗣の作品は、
 ・ファクトベースで考える
 ・物理的にロジカルに考える
 ・本質、根源的な理由を探る
といった思考の型を提供してくれる。
物事の本質を捉える、その視点を。

論理的思考ってよく聞くけど、いまいちピンと来ないんですよね~
っていう方には氏の「すべてがFになる」をオススメする。

(蛇足)
ストック化できず、その他人の思考の毒に自らの
頭が冒されている状態を「洗脳」というのだろう。
高尚な哲学書のような右から左への文章は思考の下痢だ。
安部公房の思考の毒性、その思考が引き起こす磁場は極めて強烈である。

びっくり館の殺人

2010年10月03日 03:26

びっくり館の殺人 (講談社文庫)びっくり館の殺人 (講談社文庫)
(2010/08/12)
綾辻 行人

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子供のころに見た白昼夢のような景色、場面。
今となってはそれが現実であったのか、
夢であったのか判断はつかない、そんな景色。

(私は幼稚園かその前くらいのころに、幼馴染の
ほっぺたにあったドリルで空けた様な穴を確実に見ている。
物心ついた後、幼馴染にその話をしたら、?という顔をされたが・・・。

幼いころ、夢の中でピエロが家族を攫って行った。
以来、今でもピエロの十字の目をみるとどきりとする。
未だにドナルド・マクドナルドが怖い。)


不連続殺人事件

2010年08月13日 01:58

不連続殺人事件 (角川文庫)不連続殺人事件 (角川文庫)
(2006/10)
坂口 安吾

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坂口安吾による本格推理小説。
推理小説は、社会派、怪奇などいくつかの構成要素を併せ持ち、
いくぶんメタ的な意味を含有しているのだが、
本作は推理小説がそのオリジナルにてもっている意味、
つまりは推理小説の持つパズル的な要素にフォーカスされ書かれた
小説だ。

ある資産家の家で起こる連続殺人。
古典的な舞台装置の中で描かれる本作は、メタフィクション隆盛の
現在において古典的ながらも新鮮味をもって読ませられる。
犯人は誰か?というシンプルなフォーカスに向かって。

本作に描かれた華麗なる心理トリックには唸らせられるものがある。
キーワードは「木の葉を隠すのであれば森の中に隠せ」「場の論理」
であろうか。

月は幽咽のデバイス

2010年01月28日 23:56

月は幽咽のデバイス (講談社文庫)月は幽咽のデバイス (講談社文庫)
(2003/03)
森 博嗣

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もし、私が正統派ミステリィ作家で本作のトリック・プロットを思いついた
としたら、ボツにしていただろう。なぜなら、本作は本格ミステリィの戒律に
いくつかの点で抵触をしているからだ。

ミステリィの戒律とは、いわば書き手と読み手のルールで、
これに抵触をするミステリィは一般にアンフェアとみなされる。
(とはいえ、あえて戒律を破って新鮮な驚きをもたらすミステリィもあるが)

では、本作はルール違反の似非ミステリィなのか。
私はそうは思わない。
なぜなら、本作はミステリィという大衆娯楽小説を超えた
メッセージを内在しているからだ。
そのメッセージとは、人間の認識と刷り込みに関する命題である。
一見意味があるように見えて、実は意味も意図も無いというその命題は、
意図を持ちながらもそれを隠蔽し、一見純粋・善良を装う様々な事象の
存在を写真のネガのように反転し照射する。

その提示をすることこそが、著者がルール違反を犯してまで
本作を書いた動機であり、意味なのだと私は思う。


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